経験専門家の成長日誌「あしあと」#32「親戚関係」
経験専門家の「あしあと」~墨田区ひきこもりコラム#32「親戚関係」
目次
〇親戚関係
「親戚と会う」ということは、ひきこもり経験のある方の多くが悩まされる問題なのではないかと思います。
少なくとも、私はそうでした。
今回は、これに関して、立ち止まって考えたいなと思います。
自分のことであると同時に、多くの方に共有する話でもあるので、なにか当事者の方やご家族の力になる話が出来たらと思います。
〇再会
確か一昨年のことですが…私は兄と再会し、そこで初めて兄家族とも会いました。
上野でした。
甥っ子にあたる赤ちゃんを連れて、東京に遊びに来た際だったと思います。
家族に限らず、親戚関係にある人と会ったのは、ひきこもって以降それが初めてのことでした。
ひきこもり時のことを考えたら、家族や親戚に会うというのは、私にとっては「ありえない」ことだったな、と回想します。
想像つかないというか…。
怖いとも違うのですが、何をどうすればいいか分からないという強い不安感があったことを覚えています。
そもそもひきこもっていた期間、人と会うことはなく。
医療機関に行くこと、図書館に通っている際の窓口、散歩の際に人とすれ違う…それくらいだったと思います。
最も仲良くしていた友人でさえ、会うまでには3年半かかりました。
そんな中でしたから、母以外の家族や親戚は、もってのほかでした。
当日は久しぶりの再会でもあり。
あいさつして、仕事のことや新しい人間関係のことなど話しつつ、赤ちゃんとも触れ合いつつ、上野の動物園や博物館など、疲れながらも面白く過ごしていたと思います。
振り返ってみて。
★自分自身、達成感というか、「なんとか無事にできた」という感覚はあったと思います。
★ひきこもっていた頃と比べて、なんというんでしょうか、自分というものが「固まった」からこそ、会うことが出来たのではないか、とも思います。
仕事を始めたこと。
友人らとも会えるようになり、自分でも出かけるようになり、行動範囲がぐっと広がった時期でもあったこと。
理由はいろいろあると思いますが。
「自分はいまこうなんだ」と言える、思えることは、相当に大きかったんじゃないかと思います。
★逆に言えば、ひきこもり時の私は「溶けて」いた。
自分というものが溶けて霧散してしまいかねない、そんな不安定な状態の中で、移動なんておいそれと出来ないし、人と会うことはなおさら難しかった。
そういった中からの変化を、改めて実感するような機会だったな、と今でも回想します。
〇深堀ってみる
改めて書いてみると、いろいろな考えが浮かびます…。
👉「固まった」という表現、すごく興味深いというか、もっと考える余地のある言葉だなと思いました。
大変だった中で、「あれも出来る」「これも大丈夫」ということが増えていった、ということなのかな?と感じますが。
失敗も含め、いろいろチャレンジして動いたからこそだと思うし、そのすべてが大事だったんだろうな、いいなと思いました。
👉それで言ったら、「固まる」ためには何が必要だったのか、もっと知りたいとも思います。
仕事を始めたら、親戚と会えるのか。
では、仕事を始めなければ、他人と会えるようになれないのか。
本当にそうか、という気もします。
もちろん、親戚や家族は社会の目に触れる機会でもあるからこそ、社会的な立場を得られたことは大きかった、というのも事実あると思います。
ただ、そこに至る道の中に、もっと重要な要素・出来事がありはしないか。
他の人にも活かせる部分はないか。
👉もし要因や背景をもっと理解していくことができたら、これを読んでいるご家族やひきこもり当事者の大きな力になるんじゃないか、とも思いました。
・例えば、(親戚の前に)友人らと会う経験を積めたこと、福祉資格の取得のための実習も、大きかったかもしれない。
・会うための約束など連絡を、兄がいい形でしてくれたからこそ、少しずつ不安を和らげたからこそ、会うに至れたのかもしれない。
・場所や会う時間など「会い方」も、大きい要素かもしれない。
こういったところ、引き続き考えていきたいなと思うし、自分の「歴史」というものを、もっと微細にひも解いて、丁寧に振り返っていくといいのかな、と思いました。
👉とはいえ、親戚や家族に会うことが手放しに良いこと、とも言えないのではないでしょうか。
もちろん、自分自身にとっては良かった体験として残っているし、それ自体は素晴らしいことです。
ただ、そこにフォーカスが向かってしまうのは、やや危ういというか…。
読む人に「家族や親戚と会う」ことを推奨するように読まれなくもない。
そもそも自分はどういうことを望んでて、この「家族や親戚に会う」ということは、何がそこに合致していたのか。
それを考える必要がある。
👉その意味で思ったのは、「自分の世界が広がっていく」ことを、当時の自分は望んでいたと思います。
その一環として、「会えなかった(けど話せる)人と会う」「できなかったことがまた一つできた」ということは、理想の形ではないにせよ、私の望みに合致していました。
だからこそ、そこには小さな喜びがある。
重さや抵抗感も同時にありつつ、必ずしも「嫌なもの」ではなかった。
だからこそ、この経験は、私にとって良いものになったんだと思います。
〇おわりに
思いのほかいろんな観点が出て来て、なんというか、宿題を貰ったような気分です。
引き続き、来月も書いてみてもいいかもしれません。
また来月、検討します。
その後、兄家族とはもう一度会いました。
先月に会う機会もありましたが、私の予定の変更もあり、会いませんでした。
そのすべてが、ひきこもり時とは違った経験で、大変な面もありつつ、とても新鮮です。
これからどうなるか分かりませんが、楽しみです。
ありがとうございました。
それでは、また来月。
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